Vernon Lee (Violet Paget)

symonds

ジョン・アディントン・シモンズ (John Addington Symonds)

-Symonds,_John_Addington

 1840~1893年。イギリスの詩人、批評家。オックスフォード大学教授。結婚していたが、同性愛者であり、その擁護者としても知られる。The Renaissance: An Essay(1863)やRenaissance in Italy(1875~86)らのルネサンス研究でも知られ、ヴァーノン・リーのルネサンス研究にも影響を及ぼしたと想像される。また、リーの兄ユージーンの詩も評価し、メアリ・ロビンソンとも友人であった。
 リーとシモンズはイタリア文化への共通の関心から手紙のやり取りをしていた。シモンズのリーに対する態度について、Stefano Evangelistaは次のように書いている。"Symonds shows himself anxious to establish a clear master-pupil relationship with Lee from his very first extant letter (23 May 1880), where he speaks to her as 'an older craftsman'to 'a younger craftsman' and adopts the critical and patronizing tone that he would never relinquish."(Catherine Maxwell ed. Vernon Lee: Decadence, Ethics, Aesthetics, P.98.)  シモンズはリーの処女作Studies of the Eighteenth Century in Italyを評価していたが、その冗長ともとれる文体についてリーに警告している。シモンズは書簡において次のように書いている。"I think you (Lee) have a real literary gift. ....On the point of beauty, you must abandon superfluous adjectives, repetitions, and incoherent strings of clauses with a dash to save all at the close.....your modulations are often violent."
 また、リーがEuphorionにおいて、シモンズと同様エリザベス朝期の演劇を扱っているなど、自分の研究領域がリーが侵されていると感じ、いらだちを感じていたようだ。リーのBelcaroについては、"You (Lee) know my opinion is that you are over-confident in your own intuition & overhasty in expression"と述べている。シモンズの厳しい批評はリーにとってpainfulなものであったと、ろColbyはしている。   
 Evangelistaは"Criticizing Lee's alleged literary shortcomings in terms that imply the usurpation of a masculine persona, he (Symonds) accuses her of being 'cocksure' and 'to have posed as an oracle." (Catherine Maxwell ed. Vernon Lee, P.98.)と述べている。 
 Vineta Colbyはリーとシモンズには美についての根本的な意見の相違があった、としている。シモンズにとって、リーはペイターと同様、美のための美の信奉者であった。シモンズは記している。"Art is not Art's end; & Beauty is not its end; Art is the means, & Beauty is the mode chosen for utterance of the Geist."また、シモンズはリーに"clarity,beauty, good modulation'に従うようにとアドバイスしている。
 Euphorionの出版を機に、リーとシモンズの交友は終わり、メアリ・ロビンソンとの交遊も、メアリの結婚とともに終わった。
 Hauntings収録のヴァーノン・リーの幻想短編'A Wedding Chest'では「クラウディスのユリア」のエピソードが言及されている。1485年、アッピア街道の下から発見された石棺に収められた少女の遺体はひじょうに美しく、すぐに人びとの崇拝の対象になったという。シモンズはこのエピソードをRenaissance in Italyの中で紹介しているのだが、ペイターワイルドもこのエピソードに著作の中で言及している。ヴァーノン・リーはこのエピソードをシモンズの著作から知ったのかもしれない。このエピソードは、一種の死体愛好嗜好を喚起する契機となり、世紀末には芸術や文学に同種のイメージが頻出した。
 For Maurice収録の'Winthrop's Adventure'はカストラートの亡霊が登場する物語であるが、そのヒントとなったのは実在のカストラートファリネッリである。この短編に現れる亡霊についてリーは次のように述べている。"he was a "Culture-Ghost"...the word culture signifying in the earliest 'eighties anything vaguely connected with Italy, art and, let us put it, the works of the late J.A. Symonds."
 その他、ヴァーノン・リーのgenius lociの作品、すなわち一連の旅行記へのシモンズの旅行記、Sketches in Italy and Greece (1874), Sketches and Studies in Italy(1879), Italian Byways (1883)らの影響が指摘されている。
 なお、手紙の中でもリーはしばしばシモンズに言及している。例えば、1881年のNencioni宛ての手紙の中で、テーマが似ているためシモンズとペイターはしばしば比較されるが、両者はまったく違うとしている。(Complete Letters, VolumeⅠ, P.354.)

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