Vernon Lee (Violet Paget)

Mario Praz

マリオ・プラーツ(Mario Praz

Romantic Agony

 1896~1984年。イタリアの美術史家・文学研究者。主要著書『肉体と死と悪魔 ロマンティック・アゴニ―』(The Romantic Agony,1933(英語版))は、リー文学にも頻出する「宿命の女、ファム・ファタール」に着目した画期的な書であった。
 プラーツはフィレンツェ滞在中のリーと知り合い、リーの紹介で『ロンドン・マーキュリー』誌に「イタリアからの手紙」という連載を担当することになった。リーはプラーツのイギリス進出を手助けしたことになる。初対面のとき、双方が好感を抱いたとプラーツを述べている。
 その後もプラーツとリーは何度も手紙を交わしている。プラーツはリーが書簡の中で自分のことを子供扱いしているとしながらもそれに腹をたてることなく、むしろリーの手紙に励まされたと述べている。また、リーは書簡の中でプラーツに恋をすることを勧めている。プラーツが経済的理由から家庭教師をしようとしたとき、リーはそれを止めている。リーは公私にわたってプラーツに助言している。
 プラーツは『肉体と死と悪魔』の中でヴァーノン・リーのMiss Brownに簡単に触れているほか、『蛇との契約 ロマン主義の感性と美意識』の第4部「ヴァーノン・リー」、「隣の部屋で聴いた曲」、「文化の亡霊たち」でヴァーノン・リーについて論じている。このうち、「ヴァーノン・リー」では、イタリアの書店でヴァーノン・リーのVanitasを見かけたエピソードを語っている。また、『生の館』でもリーに言及している。ここでは、リーの室内装飾についての発言を考察している。これらのことからもプラーツがリーに関心を抱いていたことがわかる。同書で、フランスの作家・批評家のシャルル・デュ・ボスがリーと画廊に訪れたときのことを語っている。その記述によれば、リーは直感で良い作品を見極め、学術的な理由で正当化したという。(『生の家』447ページ)
 プラーツは1925年にイギリスに留学し、リヴァプール大学などで教鞭をつふった。その間、ヴァーノン・リーとも親交を結ぶ。それ以前の1920年ころ、イタリアで初めてリーに会ったことを回想している。当時60代半ばであったリーについて、服装はほとんど男物で、顔には柔和なところが少しもなかったとし、女性解放の時代の象徴であったと述べている。そして、次のように書いている。「風景や時代、芸術作品の密かなリズムを発見する才能に恵まれた人は数少ないが、ヴァーノン・リーもまたそのような才能に恵まれていたのである。『蛇との契約』P.395.)
 また、リーの芸術論の本質を「美しいものの所有に対する否定」であると喝破している。

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