Vernon Lee (Violet Paget)

Italy

イタリア(Italy)

Italy

 イタリアはヴァーノン・リーが最も愛した国。彼女はフランス生まれだが、イタリアに主に住んだ。リーが自らnomadic lifeと呼ぶ生活を送っていたパジェット家は1873年にフィレンツェに定住する(No.12 Via Solferino)。フィレンツェ内で引っ越しを繰り返したのち、1889年にVilla il Palmerinoへ引っ越し、1935年の死までの期間、リーはここに居を構えた。リーの友人Mme. Duclauxは"There was certainly no more delightful house to stay in than Casa Paget"と書いている。
 同じくリーの幼少期、パジェット一家は夏の数か月をトスカーナのバーニ・ディ・ルッカ(Bagni di Lucca)で過ごしている。こうしたイタリアで過ごした幼いころの日々は、リーにとって充実したもので、彼女の教養の源泉となり、創作の源となった。
 1868年から翌年にかけて、パジェット一家はローマのPiazza Mignanellieで一冬を過ごしている。近くにサージェント一家が住む家があり、一家と親交を結んだ。リーは家族とともにローマを散策し、サージェント一家とともに小旅行に出かけたりしてローマに関する見聞を深めた。
 イタリアを舞台にし、イタリア彫刻をテーマとしたナサニエル・ホーソーンの長編小説『大理石の牧神』はリーの愛読書で、彼女のイタリアに関する幻想の源となった。
 リーはイタリアの美術、音楽を愛し、イタリアの歴史ある都市を愛した。イタリアこそリーが最もgenius lociを感じられる土地であった。イタリアの土地、文化はリーのインスピレーションの源だった。ピーター・ガンは"But it was with Italy and her Italian friends that she (Vernon Lee) felt the closest kinship."と書いている。(Gunn, Vernon Lee, P.168.)リーは"The other nations had spontaneous philosophical life, but Italy alone had artistic life."とイタリアについて述べている。また、Genius Lociでは、"And one understands that all art, and all civilisation which had beauty, arose originally in such fortunate climates-Greece, Syria, Southern Italy"と述べている。(P.197)また、ウフィツィ美術館などの美術館やシスティナ礼拝堂などを訪れたエピソードがリーの書簡等にはしばしば見られる。
 エッセイ集Limboでは、イタリアの気候、植物、庭園などの魅力を語っている。気候はmoderateで、庭園は既に存在しないからこそイタリアの庭園は魅力的だとしている。エッセイ集Limbo and Other Essaysには'Ravenna and He Ghosts'というエッセイが収録されている。
 リーの幻想短編の多く("A Wedding Chest", "The Wicked Voice", "Dionea","Amour Dure", "Pope Jacynth"など)がイタリアを舞台としている。このうち、'The Wicked Voice'について、舞台のベネツィアのもつ意味について、Carlo Caballeroは ‘ ”A Wicked Voice”: On Vernon Lee, Wagner and the Effects of Music'において考察している。'The Wicked Voice'にはヴェネツィアの運河とゴンドラが登場するシーンがあるが、ヴェネツィアの運河について、"It is very hot and still, the canal has a queer smell, and the whole place is enchanting."とリーは書いている。
 旅行記Genius LociではトスカナでHoly Weekを過ごしたときのことを綴っている。また、"In Piedmont"ではアルプス山脈の麓にあるイタリア北西部の州、ピエモンテ州のついて語っている。ロマン派以降、アルプスをはじめとする山々へ共感するメンタリティがヨーロッパに現れるが、リーはアルプスの山々を愛していた。首都ローマについては、(Rome) "is an organic city, almost a living being; its genius loci no allegory but its own real self." (Genius Loci).
 同書の'Siena and Simon Martini'ではイタリア中部トスカーナ地方の都市シエーナを訪れ、そこでシモーネ・マルティーニの作品にふれた際のことを綴っている。'The Lion of St Mark's and Admiral Morosini'ではヴェニスでの経験を語っていて、"the real Veniceーthe Venus of the Lion"と書いている。リーによれば、ヴェニスは他のどの都市とも似ておらず、最もgenius lociを感じられる土地の一つであったようだ。また、'The South'では、ゲーテに言及しながら、"It was of Genoa and its surrounding country that Goethe was thinking when he wrote Mignon's song....For Genoa is the gate into the Second, the southern Italy."と書いている。

Capella Palatina

 シシリア島を訪れたリーは彼女の愛したトスカナの田舎の風景を想起させる風景を賞賛している。パレルモを訪れた時には、Capella Palatinaで行われたEaster Day Massに出席している。

Sistine Chapel

 同じく旅行記The Spirit of Romeではイタリア各地の印象を綴っている。例えば、システィナ礼拝堂でのミサに参加した時のことを書いているが、ここでミケランジェロの『最期の審判』を見て、そこに描かれた裸体像を"hideous nudities"と書いている。ミケランジェロはリーの好きな画家ではなかった。

Lateran Palace

 他にも同書では、ローマにあるLateran Palaceに入り、"a beautiful canonical Mass"を見たことをつづっている。('Mass at the Lateran')また、Palo Beachを訪れたことや、ボローニャにあるSan Stefanoという"circular church filled with diffuse white light"を訪れている。この教会については、リーはイタリアで最も美しい教会の一つと述べている。トスカナ南部のマレンナ(Maremma)を訪れた際には、ジョンソン博士も愛したというアスフォデルの花をたくさん見たことを語っている。

 S.Paolo Fuoriについては"The wonderful loveliness of the double colonnade of polished granite pillars on the polished pale grey marble floor; fantastic, like transfigured pools and streams of purest water."と書いている。

Villa Madama

 ルネサンス期に作られたvillaであるVilla Madamaをヴァーノン・リーは訪れている。これはローマの西に位置し、loggiaや庭園で有名。リーはここを愛し、genius lociを感じたようだ。
 ローマにあるバジリカ式の教会San Sabaにもリーは訪れ、そこにイギリス人で溢れていることを述べている。庭園に入ることは許可されなかったが、loggia(ロジア、片側が開かれた廊下)に入ることができた、と語っている。
 ラツィオ州にあるネッツゥーノ(Nettuno)にあるTorre Asturaにもリーは自転車で訪れている。海岸沿いのこの地を散策した際の印象をThe Spirit of Romeで綴っている。
 Mantuaもリーが愛した町。マントヴァ(英語ではMantova)はイタリア北部、ロンバルディア州の町で14世紀以降はゴンザーガ家が支配した。Genius Lociの'The Lakes of Mantua'では、マントヴァを訪れたときの印象を語っている。"It was the Lakes, the deliciousness of water and sedge seen from the railway on a blazing June day, that made me stop at Mantua for the first time; and the thought of them that drew me back to Mantua this summer. They surround the city on three sides, being formed by the Mincio on its way from Lake Garda to the Po, shallow lakes split on the great Lombard plain."(P.163.) さらには、"For of all the decaying palaces I have ever seen in Italy this palace of Mantua is the most utterly decayed."とも書いている。
 リーの5幕物の悲劇Ariadne in Mantuaはタイトル通り、マントヴァを舞台にしている。リー自身は1896年と1898年の二回、マントヴァを訪れている。
 Renaissance Fancies and Studiesの'The Love of the Saints'では、イタリアの地域間の関係を、ローマ帝国の崩壊と絡めて、"The mixture of races and civilisations, southern and northern and eastern, antique and barbarian, which had been slowly taking place ever since the fall of the Roman Empires, had seemed, in its consummation of the twelfth century, less fertile on the whole than poisonous."と書いている。
 美術エッセイ集Laurus Nobilis収録の'The Art and the Country'は"Tuscan Notes"という副題が示すように、Tuscanyについて述べた章である。ここでは、例えば"Save in the lushness of early summer, Tuscany is, on the whole, pale; a country where the loveliness of colour is that of its luminousness, and where light is paramount."と書いている。
 エッセイ集Belcaroでは、ウンブリアについて、次のように書いている。"The autumn sun is declining over the fields and oak-woods and vineyards of Umbria, where―in the wide undulating valley, enclosed by high rounded hills, bleak or dark with ilex, each with its strange terraced white city, Assisi, Spello, Spoleto, Todiー...”
 幻想短編"Prince Alberic and the Snake Lady"で、Prince Albericが送られるRed Palaceはイタリア北西部の海沿いの町Luni(Luna)にある。

Carrara

 長編Miss Brownの冒頭では、大理石の産地として知られるカラーラとアペニン山脈についての描写がある。主要登場人物の一人Walter Hamlinがイタリアに興味を失いつつあり、憂鬱を感じている、という文章からこの小説は始まる。
 なお、Irene Cooper Willis編のA Vernon Lee Anthologyには'Italy'の項があり、HauntingsJuveniliaLaurus NobilisAltheaなど、ヴァーノン・リーの様々な作品からイタリアやその地方、都市(LericiやPadua、Romeなど)に言及した個所を抜き出し、収録している。

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