Vernon Lee (Violet Paget)

Bernerd Berenson

バーナード・ベレンソン (Bernerd Berenson)

Berenson

 1865~1959年。リトアニア生まれのユダヤ人美術史家。幼少期に家族とともにアメリカにり、ハーバード大学で学ぶ。ルネサンス絵画の真贋の鑑定に権威を発揮した。また、美術鑑賞において、「触覚値」(tactile value)の概念を導入したことで知られる。主要著書にThe Italian Painters of the Renaissance(1952)があるほか、ケネス・クラークら20世紀を代表する美術研究家を育てた。
 ヴァ―ノン・リーはベレンソンのFlorentine Painters of the Renaissanceが出版された際、そのreviewを書いており、そこでリーは"That Mr. Berenson is not a student of mental science"と述べている。一方、芸術が"life-enhancing"なものであるとするベレンソンの意見に同意している。ヴァ―ノン・リーの伝記作者Vineta Colbyは次のように書いている。"The connection that Berenson made between "tactile values" and "life-enhancing qualities" confirmed her (Lee's) long held conviction of what she called "the general wholesomeness of art." 美術批評に心理学と共感の理論を持ち込んだベレンソンの批評は、リーのそれと共通するところも多かった。 気質的にもリーとベレンソンは似ていたとして、Colbyはさらに次のように書いている。"They (Lee and Berenson) were too much alike in temperament―volatile, argumentative, sensitive to every slight real or imagined―dependent on the devotion of others." (P.158.)リーは主にドイツ心理学(テオドール・リップスら)から心理学を学んだ。ベレンソンのドイツ心理学に関する知識は多く、ウィリアム・ジェイムズやジェイムズ・ランゲの理論からヒントを得たようだ。

The Italian Painters of the Renaissance

 ベレンソンは1889年に初めてフィレンツェを訪れた際から、リー邸を訪れるようになった。リーのBaldwinについて、"fog banks of metaphysics, theology, and economics"と辛口に評する一方、Studies of the Eighteenth Century in Italy, Belcaro, そしてEuphorionに関しては好意的な書評を雑誌に書いている。
 年少のベレンソンはリーに助言を求めたりもしている。リーはベレンソンは類まれな美術の鑑賞力をもっていると評価する一方、「文学的表現」におけるベレンソンの弱さにも気づいていた。リーはベレンソンの仕事をを"aesthetics"ではなく"connoirseurship"であると考えていた。当初、リーはベレンソンをライヴァルとは見ておらず、ベレンソンが一方的にリーをライヴァル視していたらしい。
 ヴァーノン・リー邸でリーの取り巻き立ちにあったベレンソンはとまどったという。その後、二人は一緒に美術館巡りなどもしている。リーの周辺に集まる女性たちについて、ベレンソンは"a flock of women...all striking more or less Botticellian poses, all breathing an aura of acute Renaissance"と述べている。(Colby, Vernon Lee, P.132.)Vineta Colbyによれば、ベレンソンはリーの"asexuality"に対する反感を隠すことができなかった。
 ベレンソンは1896年にThe Florentine Painters of the Renaissanceを出版しているが、この作品で語られる理論と、1897年にContemporary Review誌に発表されたリーのエッセイ'Beauty and Ugliness'が酷似しているとして、1897年、ベレンソンはリーを訴えた。ベレンソンによれば、リーの主張は、彼らが一緒に美術館巡りをしていた時に、ベレンソンがリーに語ったものであったという。最終的にはベレンソンが訴えを取り下げて騒動は落着し、'The Beauty and Ugliness'は1912年発表のBeauty and Ugliness and Other Studies in Psychological Aestheticsに収録された。
 なお、このリーとベレンソンとの間の盗用問題については、Jo Briggsが’Plural Anomalies: Gender and Sexuality in Bio-Critical Readings of Vernon Lee'の中で詳しく論じている。(Catherine Maxwell ed. Vernon Lee: Decadence, Ethics, Aesthetics収録)Briggsの主張を要約的に述べれば、リーの美術批評にはしばしば"examples of sexual dissidence'があるのに対して、ベレンソンのそれは、sexualな意味合いが希薄である。さらにBriggsは次のように述べている。"art has impact only in so far as it imitates and condenses the qualities of some other actual object we can recognize and compare it to. Unlike the modernity of Vernon Lee and Anstruther-Thomson's understanding of what may constitute art, this way of thinking seems firmly rooted in the nineteenth century." (P.168.) Briggsはベレンソンの美術批評は19世紀のもので、リーのそれは20世紀の美術批評につながる、とみている。
 ベレンソンは自伝Sketch for a Self-Portrait(1949, 邦訳『ベレンソン自叙伝 肖像画のスケッチ』)の中で、リーに言及しながら次のように述べている。「最初、人びとは、私がイタリア絵画の作者を的確に決定できる秘訣を発見したのだと思い、有名なルネサンス研究のヴァーノン・リー女史などは、私が彼女にその秘密を打ち明けないので、私が頑固で、けちんぼだと思っていたくらいだ。」(P.48, 三輪福松訳)
 なお、ベレンソンとリーは1920年に和解している。

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