Vernon Lee (Violet Paget)

文学者・思想家

文学者

ヴァーノン・リーと交流があった、あるいは影響を受けたり、作品の中で言及したりしている文学者に次のような人たちがいます。

  • ヘンリー・ジェイムズ (Henry James)
    • henry james

      1843~1916年。『ねじの回転』(The Turn of the Screw)、『デイジー・ミラー』(Daisy Miller)、『鳩の翼』(The Wings of the Dove)などの小説で知られるアメリカ生まれの小説家。ヴァーノン・リーは彼の小説を愛し、処女長編Miss Brownヘンリー・ジェイムズに捧げた。1884年10月21付けの手紙で、ジェイムズは自分は本を捧げられるに値しないと述べている。また、ジェイムズはリーに"Cool first―write afterwards. Morality is hot―but art is icy."と助言したりしている。
      しかし、ジェイムズに『ミス・ブラウン』を酷評されたことから関係が悪化する。ジェイムズは『ミス・ブラウン』について、「不完全だが
      興味深い本」としつつも、文体の欠点などを指摘している。グレイス・ノートン宛の1887年1月25日付けの手紙では、リーのことを「巧妙でまぬけで、趣味が悪い」と書いている。サラ・バトラー・ウィスター宛の1887年2月27日の手紙では、リーは「とても醜く論争的で、身内のごとく振舞うが、ここフィレンツェでしか見られない心の持ち主だ」としている。(参考『ヘンリー・ジェイムズ事典』)
      Vanitas収録の短編’Lady Tal’には、ヘンリー・ジェイムズをモデルにしたと思われる小説家が登場する。’Lady Tal’は、ヴァーノン・リーとヘンリー・ジェイムズMiss Brownをめぐる関係を下敷きにして書いたと思われる小説。この小説に腹をたてたヘンリー・ジェイムズは以後ヴァ―ノン・リーとの間に距離を置くようになった。ジェイムズは兄ウィリアム宛に次のような手紙を書いている。

       she (Vernon Lee) has lately, as I am told (in a volume of tales called Vanitas which I haven't read) directed a kind of satire of a flagrant & markedly "saucy" kind at me(!!) exactly the sort of thing she has repeatedly done to others (her booksーfictionsーare a tissue of personalities of the hideous roman a clef kind) & particularly impudent & blackguardly sort of thing to do to a friend & one who has treated her with such particular consideration as I have.
      『ことばの美学』では「死者の祭壇」の導入部分をジェイムズの中で最も美しい部分であるとし、逆に『ねじの回転』ではラスキンの言う「浸透性の想像力」が欠如している、としている。
       ヘンリー・ジェイムズはヴァーノン・リーの本を計16冊所有していたという。

  • ウィーダ (Ouida)
    • Ouida_(Maria_Louise_Ramé)

      1839~1908年。イギリスの小説家。本名マリア・ルイーズ・ラメ(Maria Louise Ramé)。日本では『フランダースの犬』の作者として知られる。この作品の他にも犬が重要な役割を果たす作品が多く、たいへんな犬好きとして知られる。代表作の一つに、犬の視点から人間社会を風刺するPuckがある。動物の生体解剖に反対していたヴァ―ノン・リーとの共通点も多い。ウィーダも動物虐待に対する批判を多く書いている。Toxinは生体解剖批判の書である。
      ウィーダはたいへんプライドの高い女性で、付き合いにくい女性であったようだ。経済的に困窮することもあり、彼女の小説を評価していなかったヴァ―ノン・リーが援助を申し出ても、断っている。動物虐待に対する抗議などにおいて共通する思想をもっていたリーとウィーダだが、リーはウィーダの小説を評価していなかった。

  • イーディス・ウォートン(Edith Wharton)
    • Edith Wharton

      1862~1937年。アメリカの小説家。『無垢の時代』(The Age of Innonce,1920)や『歓喜の家』(The House of Mirth, 1905)で知られる。自伝A Backward Glance (1934)の中で何度かヴァ―ノン・リーに言及している。リーのことを"the first highly cultivated and brilliant woman I had ever known"と呼び、尊敬の念を抱いていた。
      ポール・ブールジェの紹介で1894年3月にヴァーノン・リーと知り合う。ヴァーノン・リーとその兄ユージーンについて、ウォートンは"two of the most brilliant minds I have ever met"と述べている。リー同様、サージェントの母親メアリに影響を受け、文学、美術、音楽、歴史等に関心を抱くようになる。ウォートンはヴァ―ノン・リーの案内でイタリアの庭園巡りをするなど、彼女の芸術観はリーから大きな影響を受けた。ウォートンItalian Villas and Their Gardensや小説The Valley of decisionはヴァーノン・リーとの庭園めぐりの産物である。ウォートンは自伝において次のように述べている。

      "She herself (Vernon Lee) took me to nearly all the villas I wished to visit near Florence, and it was thanks to her recommendation that wherever I went, from the Lakes to the Roman campagna, I found open doors and a helpful hospitality."

      一方、ウォートンはイタリア文化・歴史の研究家としてのヴァーノン・リーを賞賛しつつも、「アマチュア」と呼び、その限界も理解していたようだ。ウォートンはバーナード・ベレンソンとも親しく、リーとベレンソンの仲が険悪になったことが、リーとウォートンの関係にも影を落とした。しかし、二人の関係は長く続いた。
      また、ウォートンにはゴースト・ストーリーも書いているが、これらの短編小説と、ヴァ―ノン・リーのゴースト・ストーリーとの影響関係を指摘する研究もある。
       参考 Vivian Russell: Edith Wharton's Italian Gardens

  • オスカー・ワイルド (Oscar Wilde)
    • Oscar Wilde

      1854~1900年。『サロメ』(Salome)『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray)『真面目が大切』(The Importance of Being Earnest)などの作品で知られる、イギリスの世紀末を代表する作家。
      1881年にリーが初めてイギリスを訪問した際、リーはワイルドと会っている。リーはワイルドについて次のように述べている。"the wonderful Oscar Wilde! He talked a sort of lyrico-sarcastic maudlin cultschah for half an hour. But I think the creature is clever, and that a good half of his absurdities are mere laughing at people."
       ワイルドは『ミス・ブラウン』に登場する唯美主義者ウォルター・ハムリンが自分をモデルにしているのではないかと感じ、不快に感じたようだ。また、リーの短編『アルベリック王子と蛇女』(ワイルドが活躍した雑誌The Yellow Bookに掲載された)にワイルドからの影響を見る研究もある。(例えば、最後に殺される蛇女とワイルドの『サロメ』のラストシーンで殺害されるサロメとに類似を見る研究がある)

  • H.G.ウェルズ(Herbert George Wells)
    • H.G.Wells

      1866~1946年。イギリスの小説家、社会思想家。『タイムマシン』(The Time Machine1896)『透明人間』(The Invisible Man1897)等の作品でSFの父と呼ばれる。
      リーとウェルズは友人であった。リーがウェルズの小説を賞賛する手紙を送ったことから友情が始まった。リーはウェルズの科学に関する学識を尊敬し、多くの考えを共有していた。二人は手紙のやり取りを続け、お互いの本を贈りあった。リーは自らをウェルズの'Sister in Utopiaと呼び、さらに'Mr. Wells and I are fraternally united"と述べている。(A Postscript about Mr. Wells')
      リーはとりわけウェルズの『現代のユートピア』(A Modern Utopia, 1906)に関心を抱き、,'On Modern Utopias: An Opne Letter to H.G.Wells','A Postscript About Mr. Wells'というウェルズ関連のエッセイを二本書いている。(ともにGospels of Anarchyに収録)『現代のユートピア』は「サムライ」と呼ばれる貴族が支配する理想的な平等社会が描かれている。'On Modern Utopias'はウェルズへの書簡という形をとっており、ウェルズの仕事に一定の評価をしつつも(リーはウェルズの作品ではKippsを評価していたようだ)、科学の進歩に対する楽観的態度には批判的な部分もある。リーによれば、人は現在のことで手いっぱいで、未来に悩むことはない。そして、"The metaphysics of your worship of the Future are, I venture to say, wrong, as wrong as those of any other priest preaching of any other Kingdom of Heaven"と述べている。リーはウェルズの未来崇拝に対し、"I return to my worship of the Present"と述べている。
       一方、『現代のユートピア』の世界では、男女は平等であるし、ウェルズはフェミニズム小説『アン・ベロニカの冒険』も書いている。ウェルズが私生活においては多くの愛人をもっていたことは有名。ヴァーノン。リーはウェルズの女性関係については批判的な手紙をウェルズに認めてもいるが、それでもリーはウェルズとの関係を断つことはなかった。このように、リーのウェルズ評は賞賛と批判が混じり合ったものであったが、ウェルズはそれを受け入れ、友情は第一次大戦勃発まで続いた。なお、リーのエッセイ集Gospels of Anarchyウェルズに捧げられている。

  • レフ・トルストイ(Leo Tolstoy)
    • Tolstoy

      1828~1910年。ロシアを代表する小説家。『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』などの作品がある。ヴァーノン・リーはトルストイをラスキンと並び"greatest artists of our times"('Art and Usefulness in Laurus Nobilis)とし、トルストイの小説を称揚しつつも、その思想には必ずしも共感していなかった。リーは'Tolstoy as Prophet','Tolstoy on Art'というエッセイを書いている。(ともにGospels of Anarchy収録)後者では、トルストイにとっては、徳(virtue)に通じないものはすべて無用であり、芸術も科学も徳を増すためにのみ存在した、としている。そして、リーは徳と芸術・科学を結びつけるトルストイに異を唱えてる。
       The Handling of Wordsでは、トルストイの『戦争と平和』に登場するAnatoleとDologhowを、互いのfoil(引き立て役)として設定された登場人物の例としてあげている。そして、トルストイを「総合的な小説家」の代表としている。(詳しくはこちら)また、Laurus Nobilis収録の'Art and Usefulness'でも、トルストイへの言及がある。'Wasteful Pleasure'では、masculinityを維持する為にはスポーツマンとして戸外で過ごすことが必要であるとし、トルストイCossacksAnna Kareninaを読めばわかるとしている。

  • ウィリアム・マイケル・ロセッティ(William Michael Rossetti)
    • William Michael Rosseti

      1829~1919年。イギリスの作家、批評家。詩人・画家のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの弟にして、詩人のクリスティアナ・ロセッティの兄。1848年のラファエル前派兄弟団の結成にかかわった。
      1881年のイギリス訪問の際、ヴァーノン・リーはハマースミスでロセッティに会っている。
      ロセッティは『ミス・ブラウン』に登場するウォルター・ハムリンが兄ダンテ・ロセッティを想起させることから、腹を立てたようだ。

  • ロバート・ブラウニング(Robert Browning)
    • Robert Browning

      1844~1889年。イギリスの詩人。妻は詩人のエリザベス・バレット・ブラウニング。代表作にThe Book and the Ringなど。
      1881年にイギリスを訪問した際、ヴァーノン・リーはブラウニングと面会している。ブラウニングはヴァーノン・リーの処女作Studies of the Eighteenth Century Italyを賞賛したうちの一人。ヴァーノン・りーはブラウニングの詩を愛し、ダンテシェイクスピアゲーテといった文豪たちとブラウニングを同列に扱っている。また、ハムレットやファウストと『男と女』(ブラウニングの詩集のタイトル)の人物たちを同列に扱っている。
      エッセイ集Baldwinの中で、The Book and the Ringに言及している。'Limbo'というエッセイでは、'happiness'について語る際にはブラウニングに言及せざるを得ないとしたあと、ブラウニングLast Ride Togetherという詩に言及し、次のように書いている。"Browning's Last Ride Together expresses, indeed, a view of the subject commending itself to active and cheerful persons, which comes to many just after their salad days."と書いている。また、同じくLimbo収録のエッセイ'In Praise of Old Houses'では、ブラウニングGaluppi(『劇的抒情詩』の一篇)を取り上げている。'On Modern Travelling'では、Pippa Passesをとりあげ、次のように書いている。"Pippa, Sebald, Ottima, Jules, his bride, the Bishop, the Spy, nay, even Queen Kate and her Page, are all born of that sort of misinterpretation of places, times, and stories which is so fruitful in poerty, because it means the begetting of things in the image of the poet's own soul, rather than the fashioning them to match something outside it."

  • シャーロット・パーキンス・ギルマンCharlotte Perkins Gilman
    • Gilman

      1860~1935年。アメリカの小説家・社会思想家・フェミニスト。Charles Walter Stetsonと結婚したこと(のちに離婚)から、ヴァーノン・リーはMrs. Stetsonと呼んでいる。Women and Economics: A Study of the Economic Relation between Men and Women as a factor in Social Evolutionの作者として知られる。また、短編「黄色い壁紙」('The Yellow Wallpaper')も怪奇短編の名作として名高い。
      ヴァーノン・リーのエッセイ'The Economic Parasitism of Women'はWomen and Economicsの序文として書かれたものである。リーは'I believe that "Women and Economics" ought to open the eyes, and, I think, also the hearts, of other readers, because it has opened my own, to the real importance of what is known as the Woman Question'と述べ、ギルマンの仕事の重要性を主張している。子育てはコミュニティでなされるべきだとするヴァーノン・リーの主張は、ギルマンに由来する。また、ギルマンの"Women are oversexed"という言葉を何度も引用してもいる。

  • ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)
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      1749~1832年。ドイツの詩人、小説家、劇作家、批評家、政治家、自然科学者。ドイツ最大の文豪で、小説『若きヴェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、詩集『西東詩集』、悲劇『ファウスト』などの作品で知られる。シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)運動の中心的詩人であるとともに、ヴァイマル公国の宮廷顧問を務める政治家でもあった。
      ヴァーノン・リーは子供の頃からゲーテシラーといったドイツ古典派の文学に親しんでいた。リーのOttilieはVineta Colbyによれば、"personal reconstruction of the romantic age of The Sorrows of Young Werther”である。リーはWetzlarにあるシャーロット(ヴェルテルが憧れる女性)の家を訪れ、"One realizes the utter obscurity, smallness, homeliness, out of which Goethe's romance spread its undying wings over the world"と書いた。また、リーのEuphorion(ファウストとヘレネの子ども)はゲーテの『ファウスト』から取られた。

  • ダンテ・アリギエーリ (Dante Alighieri)
    • Dante

      1265~1321年。イタリアの詩人。『神曲』『新生』などの作品を遺した。
       ヴァ―ノン・リーはダンテを愛読し、深い影響を受けた。Euphorionの’Symmetria Prisca'では "Dante, Petrarca, and Boccaccio were at once the founders of modern literature and the exponents of the literature of antiquity; the strong young present was to profit by the experience of the past"と書いている。とりわけ、『新生』(La Vita Nuova)への言及が多い。例えば、短編'The Phantom Lover'などは、『新生』の影響下に書かれたと思われる。恋愛における情熱、性交渉に否定的であったリーは、『新生』に描かれる精神的な愛、結合に強く惹かれたようだ。Euphorionに収められた'Medieval Love'の中でダンテのベアトリーチェに対する愛について次のように書いている。"This Beatrice, as we gaze on her, will prove to be no reality of flesh and blood like ourselves; she is a form modelled in the semblance of that real, living woman who died six centuries ago, but the substance of which is the white fire of Dante's love."
       また、Renaissance Fancies and Studiesでは、ダンテは神学に人間の感情や情熱を織り込んだと述べている。

  • モーリス・ベアリング(Maurice Baring)
    • Maurice Baring

      1874~1945年。イギリスの詩人、劇作家、小説家、旅行記作家。代表作にThe Black Prince and Other Poems(1903), With the Russians in Manchuria(1905)など。
      19歳で初めてヴァーノン・リーに合って以来の長年の友人で、手紙のやり取りをしていた。リーの幻想短編集For MauriceのMauriceとはモーリス・ベアリングのこと。
       リーの初期作品Prince of the Hundred Soupに魅せられていたベアリングは1893年、フィレンツェでリーと初めてであった。リーと一緒にイタリア観光をしているが、そのことについて次のように手紙に書いている。"Sight-seeing with Vernon Lee was sight-seeing indeed. It was the opposite of scampering through a gallery with a Baedeker and ticking off what had been 'done.' また、ベアリングはヴァ―ノン・リー作品のパロディThe Spirit of Rome (with apologies to Vernon Lee)を執筆している。リーはこの作品を喜んだという。
      ベアリングに作家になるように勧めたのもヴァーノン・リーであった。リーの評価は厳しかったが、ベアリングがめげることはなかったようだ。
       死の二か月前に認められた手紙の中で、リーはベアリングへの感謝の言葉を述べている。

  • エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)
    • Hoffmann

      1776~1822年。ドイツの作家、音楽家。裁判官として働く傍ら、小説家、作曲家としても活躍した。幻想文学の書き手として知られる。『砂男』や『くるみ割り人形とねずみの王様』などが有名。人形の登場する幻想譚などは、ヴァ―ノン・リーのそれとも共通している。さらに、音楽に対する強い関心や、音楽をテーマとした作品を遺している点もリーと似ている。ヴァーノン・リーの幻想短編は、ホフマンの幻想短編の影響下にあると言って良い。リーの「アルベリック王子と蛇女」はホフマンの『黄金の壺』、リーのWinthrop's Adventureや「悪魔の歌声」はホフマンの「クレスペル顧問官」('Rat Krespel')からヒントを得たと思われる。また、リーのエッセイ'Chapelmaster Kreisler'(Belcaro収録)において、ホフマンに言及している。

  • ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)
    • Virginia Woolf

      1882年~1941年。イギリスの女性小説家。ジョイスと並ぶイギリス・モダニズムを代表する作家。代表作に『ダロウェイ夫人』(Mrs. Dalloway,1925),『灯台へ』(To the Lighthouse,1927)、『波』(The Waves,1931)など。第二次大戦中、自殺した。ヴァーノン・リーと同様、レズビアンであった。
      『私だけの部屋』(A Room of One's Own,1929)はフェミニズム批評の古典で、女性の経済的自立の必要性を説くなど、ヴァーノン・リーの主張と重なる部分も大きい。また、同書の中でウルフは女性にも知的水準の高い本が書けることの例としてリーの美術批評に言及している。
      同じレズビアンでフェミニスト作家であった二人だが、なぜかウルフのリー評価は手厳しい。例えば、リーの旅行記The Sentimental Travelerについてもウルフは厳しい批評を加えている。また、ウルフEssaysの中でリーについて次のように述べている。"But if Vernon Lee lacks the temper of the great aesthetic critic, she has many of the gifts of a first-rate disciple. She has read Plato and Ruskin and Pater with enthusiasm because she cares passionately for the subjects they deal with. Moreover, although we may doubt her conclusions or admit that thy bewilder us, her exposition is full of ingenuity, and has often the suggestive power of brilliant talk."
      また、ヴァーノン・リーの「オークハーストのオーク」とウルフのアンドロギュヌス小説『オーランド―』(Orlando,1928)の影響関係を探る研究もある。

  • クリスティアン・ヨハン・ハインリッヒ・ハイネChristian Johann Heinrich Heine
    • Heine

      1797~1856年。ドイツの詩人。ユダヤ人。ドイツ・ロマン派を代表する詩人。代表作に『歌の本』(Buch der Lieder, 1827)や『流刑の神々』(Die Gotter in Exil,1863)など。
      タンホイザーやファウストを題材にした作品をのこすなど、ヴァーノン・リーのと共通点も多い。とりわけ、『流刑の神々』はリーに多大な影響を与えたと推測される。同書で、ハイネはキリスト教の浸透以来、それ以前のギリシア・ローマの神々は零落し、メルヘンに登場する妖精などになったと説いた。ギリシア・ローマ世界に憧れたヴァーノン・リーはこうした考えに強く魅かれた。リーは「ディオネア?」「神々と騎士タンホイザー?」「フランドルのマルシュアス」などの作品で、「流刑の神々」を描いている。

  • フランチェスコ・ペトラルカ(Francesco Petrarca)
    • Petrarca

      1304~1374年。ダンテと並ぶイタリア・ルネサンス期の詩人。抒情詩が有名。代表作に『わが秘密』『無知について』『凱旋』など。他にボッカチオとの書簡ものこされている。
      ヴァーノン・リーの短編「ウェディング・チェスト」に登場するウェディング・チェストにはペトラルカの『凱旋』(1352)に取材した装飾が施されている。詳しくこちら?。また、リーはEuphorionの一章 'Medieval Love'でペトラルカに言及している。リーはペトラルカについて、 "His passion is neither ideal nor strong."さらに、リーはダンテのベアトリーチェとの比較でペトラルカの恋人ラウラを見ている。リーは "But this perfect Laura is no Beatrice, or only a half-and-half sham one. She is no ideal figure, merely a figure idealized; this is no imaginative passion, merely an unreal one."と述べている。

  • ガイウス・ウァレリウス・カトゥルス(Gaius Valerius Catullus)
    • Catullus

      紀元前84年頃~紀元前54年頃。古代ローマの詩人。抒情詩で有名。『歌集』(Carmina)など。レスビア(Lesbia)という女性にあてた恋愛詩で知られる。
      ヴァーノン・リーは情熱的な愛、肉体的な愛を嫌った。リーにとって、カトゥルスサッフォーは 'merest fleshly love of Antiquity'となる。(’Medieval Love' in Euphorion

  • エドマンド・スペンサー(Edmund Spenser)
    • Edmund Spenser

      1552年頃~1599年。イギリス・エリザベス朝期を代表する詩人。物語詩『妖精の女王』(The Faerie Queene)が代表作。この詩に登場する妖精の女王グロリア―ナ(Gloriana)はエリザベス1世のことで、ヴァーノン・リーもEuphorionの中で言及している。
      リーの分類に従えば、スペンサーはボイアルド派に属することになる。リーは "In the days of the semi-atheist dramatists, all flesh and blood and democracy, Spenser stteps himself in Christianity and chivalry"と述べ、ボイアルド派を復活させた詩人として、タッソーとともにスペンサーを高く評価していた。二人について、リーは"They both take refuge in a land of fiction, of romance, from the realities into which they dread to splash; a world unsubstantial, diaphanous, faint-hued, almost passionless, which they alembicize and refine, but into which there never enters any vital element, anything to give it flesh and bone and pulsing life."と記している。

  • トルクァート・タッソー(Torquato Tasso)
    • Tasso

      1544年~1595年。イタリアの詩人。有力者の庇護をうけたり、精神異常を来して幽閉されたりするなど、数奇な一生を送った。代表作に『エルサレム解放』(1575)がある。
      ヴァ―ノン・リーはEuphorionの’The School of Boiardo'の中で、エリザベス朝時代のイギリスの詩人エドマンド・スペンサータッソーを並び称している。リーは"With Tasso and Spencer comes to a close the school of Boiardo, the small number of real artists who finally gave an enduring and beautiful shape to that strangely mixed and altered material of romantic epic left behind by the Middle Ages."と述べている。

  • マッテ―ア・マリーア・ボイアルド(Matteo Maria Boiardo)
    • Boiardo

      1434~1494年。イタリアの詩人。代表作に物語詩『恋するオルランド』(Orlando Innamorato, 1495)がある。アリオストの『狂えるオルランド』はこの作品の続編として書かれた詩。ヴァーノン・リーはEuphorionのなかの 'The School of Boiardo'で『恋するオルランド』とアリオストの『狂えるオルランド』を解説している。リーは初めてボイアルドの作品に触れた時の感想を "This is the real fairyland, the wonderland of medieval romance and of Persian and Arabian tales, no longer solemn or awful, but brilliant, sunny, only half believedin; the fairyland of the Renaissance, superficially artistic, with its lightest, brightest fancies, and its charming realities."と記している。そして、ボイアルドの精神は"depression, gloomy brutality, gloomy sentimentality"にふさわしくないと述べている。また、『恋するオルランド』について、この作品に見られる "the perfect light-heartedness, the delight in play of a gentle, serious, eminently kindly nature"はイタリアから消えてしまったとしている。
      ヴァーノン・リーによれば、アリオストエドマンド・スペンサータッソー、カモンイスら、ルネサンスのロマンスの詩人はボイアルド派に含まれる。

  • ルドヴィーコ・アリオスト(Ludovico Ariosto)
    • Ariosto

      1474~1533年。イタリアの詩人。ヴァーノン・リーはLodovico Ariostoと表記している。代表作に物語詩『狂えるオルランド』(Orlando Furioso,1516)がある。これはボイアルドの『恋するオルランド』(Orlando Innamorato, 1495)の続編として書かれた。サラセン人と戦うシャルルマーニュ、オルランドの失恋と発狂を描く。
      ヴァーノン・リーはEuphorionのなかの 'The School of Boiardo'で『恋するオルランド』と『狂えるオルランド』を解説している。リーによれば、ボイアルドを理解するためにはアリオストと比較しなければならず、その逆もまた真なりということになる。この両者には、本質的にイタリア的な二つの要素が含まれているという。それは'something of the nobility of passion of the Platonic sonneteers; and a good dose of the ironical, scurrilous, moralizing immoral anecdote gossping of Boccaccio and Sacchetti'である。また、二人の芸術はpageant artであり、masqueradeであるともしている。

  • アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン(Algernon Charles Swinburne)
    • Swinburne

      1837~1909年。イギリスの詩人。レズビアニズムや無宗教をうたった詩の内容から非難を浴びるデカダン派の詩人。ラファエル前派の芸術家とも交流があった。
      ヴァーノン・リーはスウィンバーンの詩が好きではなかった。エッセイ集Baldwinの登場人物Baldwin(リーのペルソナ)は "I condemn Swinburne, in the poem you allude to, a hundred times worse, because he has no possible moral intention to plead, because his abomination are purely artistic."と対話相手に語る。ここでのスウィンバーンの詩とは Poems and Balladsに収録された詩のことである。
      また、『ことばの美学』では、スウィンバーンら芸術至上主義者の詩は、人生哲学がないゆえに不毛であるとしている。

  • エミール・フランソワ・ゾラ(Emile Francois Zola)
    • Zola

      1840~1902年。フランスの小説家。自然主義文学を代表する小説家で、ルーゴン・マッカール叢書と呼ばれる作品群で知られる。代表作に『居酒屋』(L'Assommoir, 1876)『ナナ』(Nana, 1879)など。
      ヴァーノン・リーはゾラや、あるいはモーパッサンらの自然主義文学を嫌っていた。Baldwinにおいて、リーのペルソナである語り手のBaldwinは『ナナ』や『女の一生』(Une Vie, 1883)はフランスにおける道徳の頽廃の産物であるとし、フランスが男性の文化(masculine civilisation)の国であるがゆえ、その結婚制度や女性教育のゆえであると述べている。
      また、『ことばの美学』ではゾラを「分析的な小説家」に分類している。

  • ジョヴァンニ・ボッカチオ(Giovanni Boccaccio
    • Boccaccio

      1313~1375年。イタリアの詩人、散文作家。フィレンツェで活躍。ダンテを最も早く評価した。代表作『デカメロン』(Decameron)で有名。
      ダンテと同様、ボッカチオの作品もヴァーノン・リーは愛読していた。Euphorionの’Symmetria Prisca'では "Dante, Petrarca, and Boccaccio were at once the founders of modern literature and the exponents of the literature of antiquity; the strong young present was to profit by the experience of the past"と書いている。また、Limbo and Other Essays収録の'Old Italian Gardens'において、ボッカチオに言及している。

  • エドマンド・ゴス(Edmund Gosse)
    • Edmund Gosse

      1849~1928年。イギリスの詩人・批評家。ウォルター・ペイターの友人。ヴァーノン・リーとも面識があった。1906年、ゴスはヴァーノン・リーと自らの世代について、"we belong to a generation which hasーto be bluntーpassed away"と述べている。自伝Father and Son (1907)が邦訳されている。

  • ポール・ヴェルレーヌ (Paul Verlaine)
    • Verlaine

      1844~1896年。フランス・象徴派の詩人。ランボーとの同性愛関係は有名。
      ヴァーノン・リーはガブリエル・フォーレが曲をつけたヴェルレーヌの詩が好きだったようだ。Limbo and Other Essays収録の'Old Italian Gardens'では、イタリアの庭園を巡っているとフォーレが曲を付けた"melancholy minuet tune"が心に浮かんでくる、と書いている。そして、そのヴェルレーヌの詩「月の光」を引用している。

      Votre ame est un paysage choisi
      Que vont charmant masques et bergamasques
      Jouant du luth et quasi
      Tristes sous leurs deguisements fantasques.
      Tout en chantant sur le mode mineur
      L'amour vainqueur et la vie opportune,
      Ils n'ont pas l'air de croire a leur bonheur;
      Et leur chanson se mele au clair de lune,
      Au calme clair de lune triste et beau
      Qui fait rever les oiseaux dans les arbres
      Et sangloter d'extase les jets d'eau,
      Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.

  • ナサニエル・ホーソーンNathaniel Hawthorne
    • Nathaniel Hawthorne

      1804~1864年。アメリカの小説家。長編『緋文字』ほか、「ラパチーニの娘」などの短編でも知られる。
      古いものを好んだヴァーノン・リーにとって、新大陸アメリカはそれほど魅力的な国ではなかった。文学についても、ホーソーンとワシントン・アーヴィングを除けば、アメリカを舞台とした作品には魅力を感じないと述べている。
      Laurus Nobilis収録の 'Beauty and Sanity'にはホーソーンの「ラパチーニの娘」への言及がある。(We are like the poison-monger's daughter in Nathaniel Hawthorne's story.)
      ホーソーン作品の中でも、『大理石の牧神』(The Marble Faun,1860)はイタリアを舞台にしたゴシック小説で、とりわけリーが愛した小説であった。この小説で示される白い大理石像への愛着、色彩彫刻への嫌悪はヴァーノン・リーにも共通しており、リーはホーソーンからヒントを得たのかもしれない。

  • ロバート・ルイス・バルフォア・スティーヴンスン(Robert Louis Balfour Stevenson)
    • Stevenson

      1850~1894年。スコットランドの小説家。『宝島』(Treasure Land)『ジキル博士とハイド氏』(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)などの作品で知られる。ヴァーノン・リーが愛した作家の一人。
      ヴァーノン・リーは『ことばの美学』において、スティーヴンスンの文体に触れている。具体的には、スティーヴンスンの『カトリオーナ』と『誘拐されて』を取り上げ、これらの小説にプロット上は必要不可欠と言えないエピソードが含まれていることに注目。そうしたエピソードは作中人物に向けてのものではなく、読者に向けられたものであり、読者に作用を及ぼすことを意図していると指摘している。また、偉大な作家であるためには、偉大な個人であることが必要であるとして、その例にスティーヴンスンの名をあげている。また、『バラントレーの若殿』の人物はいつも興奮しているように作用し、フローベールの『サランボー』の人物よりも評価している。

  • ジョージ・エリオット(George Eliot)
    • George Eliot

      1819~1880年。イギリスの女性小説家。本名メアリ・アン・エヴァンス(Mary Anne Evans)。代表作に『サイラス・マーナー』(Silas Marner, 1861)『ミドルマーチ』(Middlemarch,1871~72)など。
       ヴァーノン・リーと同様、ジョージ・エリオットも男性のペンネームを使って作品を発表していた。しかし、リーのエリオットに関する言説は概ね批判的である。エリオットを偉大な作家という一面があるとしつつも、「芸術的観点からすれば、その著作に一冊として偉大な書がない」とまで述べている。リーは『ことばの美学』の中でエリオットの文体を詳しく論じている。リーは自伝的性格の強い『フロス河畔の水車小屋』(The Mill on the Floss, 1860)をエリオットの最高傑作とし、この作品を例外としながら、他の『アダム・ビード』(Adam Bede, 1859)、『ダニエル・デロンダ』(Daniel Deronda,1876)らの小説形式を分析している。これらの小説の形式をリーは「場面(scene)で組み立てられた小説形式」と呼び、イギリスの3巻本(three decker)の典型的形式としている。そして、次のように述べている。「この形式はあの困難なもの、つまり直截的物語との妥協を示しているのです。そして、自伝、書簡、物語のなかの物語といった工夫が、〈作者〉にとってはことを容易にし〈読者〉にとっては効果をそぐような別な工夫にただとって代わられているだけなのです」(栗原・荒木訳)こうした形式は演劇的効果をあげるが、筋(action)を混乱させ、「その筋に対する構想を変えてしま」う、としている。
      また、同書において、エリオットを「分析的な小説家」に分類している。(詳しくはこちら

  • エミリ・ブロンテ(Emily Bronte)
    • emily Bronte

      1818~1848年。イギリスの小説家。姉シャーロット、妹アンとともに「ブロンテ姉妹」として知られる。小説は『嵐が丘』(Wuthering Heights, 1847)一作だが、これによって文学史に名を遺し、優れた詩ものこした。
      ヴァーノン・リーは『ことばの美学』の中で『嵐が丘』に言及している。リーは『嵐が丘』の冒頭はひどく読みづらいとし、次のように書いている。「エミリー・ブロンテは物語をなん人かの異なった人びとになん回かの異なった時期に語らせていて、人びとは自分の聞いたことと現実に見たこととを交互に織りなして語るのです。この種の構成は欠陥でした。」(栗原・荒木訳)

  • ギュスターヴ・フローベールGustave Flaubert
    • Flaubert

      1821~1880年。フランスの小説家。写実主義を確立した。代表作に『ボヴァリー夫人』(Madame Bovary, 1856)、『サランボー』(Salammbo, 1862)など。
      ヴァーノン・リーは『ことばの美学』でフローベールの文体を論じている。リーはフローベールの小説を偉大としつつも、主題と配語法との一致が欠けると、作者の意図が失敗に終わると述べ、『サランボー』の登場人物はスティーヴンスンの『バラントレーの若殿』の登場人物に比べ、活人画のなかでポーズをとっているようだ、としている。

  • ガブリエーレ・ダヌンツィオGabriele D'Annunzio
    • ダヌンツィオ

      1863~1938年。イタリアの詩人、作家、劇作家。デカダン派の詩人。後期はファシスト的政治活動に参加したことでも知られる。主な作品に、Primo vere(『早春』1879)、Il Trionfo della Morte(『死の勝利』1894)など。
      ヴァーノン・リーは『ことばの美学』の中で、ローマの劇場で行われたダヌンツィオの『ガルバルディに寄す歌』の朗読会に参加したことに言及している。リーはダヌンツィオが読む詩が聴衆にもたらす効果に驚いたと記している。すなわち、人間が書くものは、その人間よりも優れたものになることの例として、この朗読会に触れているのであり、ダヌンツィオ自身のことは「取るに足らない人間」としている。

  • オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac)
    • Balzac

      1799~1850年。フランスの小説家。90編にも及ぶ「人間喜劇」と呼ばれる作品群をのこした。代表作に『ゴリオ爺さん』(Le Père Goriot,1834)『谷間の百合』(Le Lys dans la Vallée、1835)など。
      ヴァーノン・リーのLouis Norbert: A Twofold Romance(1914)はバルザックの『ルイ・ランベール』(Louis Lambert, 1832)に対抗して書かれた、と言われている。『ルイ・ランベール』は「人間喜劇」の中でも「哲学的探究」に分類される作品で、思索的な小説である。リーはここで開陳されるバルザックの思想に異を唱えるために、『ルイ・ノルベール』を執筆したらしい。
      他にも、ヴァーノン・リーの作品中にはバルザックへの言及は多い。

  • シャルル=ピエール・ボードレール(Charles=Pierre Baudelaire
    • ボードレール

      1821~1867年。フランスの詩人、評論家。象徴派を代表する詩人で、「近代詩の父」と呼ばれるほど大きな影響を後世に及ぼした。代表作に『悪の華』(Les Fleurs du Mal,1857)がある。
      ヴァーノン・リーはエッセイにおいてたびたびボードレールに言及している。Laurus Nobilis収録の 'Beauty and Sanity'では、ボードレールの "De la realite grands esprits contempteurs"という詩の一節を引用し、芸術と正気(sanity)の問題を論じている。
      また、美術評論家でもあったボードレールの彫刻論などをヴァーノン・リーのそれと比較してみるのも興味深い。

  • アナトール・フランス(Anatole France)
    • Anatole France

      1844~1924年。フランスの詩人・小説家。『舞姫タイス』(Thaïs)、『シルベストル・ボナール博士の罪』("Le Crime de Sylvestre Bonnard")などの作品で知られる。
      フランスの長編小説『赤い百合』("Le Lys Rouge"1894)にはヴァーノン・リー(Miss Bell)とメアリ・ロビンソンをモデルにしたとされる人物が登場する。メアリはこれに戸惑ったが、リーの反応は知られていない。

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