Vernon Lee (Violet Paget)

パーシー・シェリー

パーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley)

Percy Shelley

 1792~1822年。イギリス・ロマン派の詩人。バイロンらと交流。妻は『フランケンシュタイン』(Frankenstein)の作者、メアリ・シェリー。代表的な詩に「西風に寄せるオード」('Ode to the West Wind', 1819)「ひばりに寄せて」('To a Lark', 1820)、『雲』('The Cloud',1820)、劇詩『プロメシュース解縛』(Prometheus Unbound, 1820)などがある。

poems

 シェリーはヴァーノン・リーが好きだった詩人の一人である。シェリーは菜食主義者で動物愛護論者。その点でもリーはシェリーに共感しやすかったようだ。
 対話形式をとったエッセイ集Baldwinではシェリーをスウィンバーンボードレールと比較している。シェリーは最良のもの、すなわちlyricsを書いたが、ボードレールスウィンバーンはmorbidでobsceneな詩を書いた、としている。
 Belcaro収録の'A Dialogue on Poetic Morality'では、シェリーがイタリアの海で水死したエピソードに言及している。
 ローマの印象記The Spirit of Romeでは1899年3月24日に訪れたPalazzo Cenciの印象を記している。ベアトリーチェ・チェンチの悲劇はスタンダールほか多くの文学者が取り上げているが、シェリーも悲劇The Cenciを書いている。リーはPalazzo Cenciで"glim and sordid impression"を抱き、ここには"sickening"なストーリーがあると述べ、続いて次のように記している。”Yet what power of popular romance, of great poetry, has enveloped it all! A story one would be ashamed to read through in a cheap newspaper." (The Spirit of Rome, P.83.)
 旅行記Genius Lociではシェリーの"And the Apennine walks abroad with the storm"という詩の一節を引用している。
 美術エッセイ集Laurus Nobilisでは'great lyric poetry'の書き手として、ゲーテワーズワースとともに、シェリーの名前を挙げている。
 同じく美術エッセイ集The Beautiful収録の'Aesthetic responsiveness'では何回かシェリーの名前に言及している。

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